子供の貧困問題と教育について

2009年5月 7日 13:48 | ブログ

今日から予算委員会の審議が始まった。財政出動15.4兆円、事業規模56.8兆円という大変大きな補正予算案であり、将来への財政的つけを回さないためにも、一円でも無駄遣いを排除しつつ、むしろ将来への種を植えるようなものにしなければならない。また、私たちが提言してきた雇用問題も大きな予算が付けられた。この点も、運用を含めて詳細に見ていきたい。

さて、先日以来、子供の貧困と教育問題がコメントされたので、そのことについて。

「格差」ということについてもブログで何度も書いたが、「金持ちからぶんどって貧しい人に渡す」という格差論に私は乗らない。そんなことをしても、よほど支え合いの絆がなければみんなで貧しい格差のない国家になるだけだ。よく格差論をぶっている公務員労働組合の皆様が、今民間のボーナスが激減しているので公務員も減額だ、という当たり前の私たちの提案に猛反対しているのを見れば、いかに政治的目的による議論なのかが分かる。私は、こうした亡国の政治的野望に基づいた議論には乗らないし、こうした議論に乗っているのが民主党だから「今の」民主党政権は一国民として支持できないのは繰り返し申し上げている通りである。そんなことになったら、国際競争には絶対に勝てない。

他方で、税や社会保障による再配分機能は非常に重要な話であり、これからの超少子・高齢化社会では今より強化する方向性にせざるを得ない。しかし、それは国家ビジョンとして、共産主義・社会主義的な結果平等の社会を目指すのか、それとも自由主義・資本主義的な機会平等な社会を目指すのか、という大きな国民的議論が必要であり、一部テレビ報道に影響されて「可哀そう」などと一時的な感情で決めることではない。そう思った人が「あしなが募金」に駆け込むか、といえばそんなことはない。結局、他人任せ、なのである。国民がみんなで痛みを分かち合って助け合うという覚悟がないと物事は進まない。

私は「機会平等」は何よりも大切だと思う。世襲制限を言っているのもすべての国民が等しく国会議員になる機会を増やしたいと思っているからだ。そして、教育の問題で言えば、親が貧しいからとか何らかの自分たちのせいではない理由により、教育の機会がないという状況を子供たちに押し付けては「絶対に」いけない。教育を無償化する、あるいは奨学金制度の充実をするなどの抜本的な改革が必要である。


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