小泉竹中のせい?

2010年1月28日 16:58 | ブログ

昨日の夜の会合で、ちょっと力が抜けた。それは、「小泉竹中のせいで日本が壊れた」という話をまた伺ったからだ。「具体的にはどの政策によって、どういう結果が生じたことによって、日本が壊れたのでしょうか?」という質問をさせて頂いたところ、「村上ファンドみたいのが出た」とか「規制緩和により金融機関が数が少なくなって、お金儲けばかり考えている外資に蝕まれた」という答えを頂いた。

小泉氏が総理だったのは、2001年4月26日から2006年9月26日の間である。この間の政策の結果に生じた責任なら、「せい」にしてもいいだろう。しかし、それ以前や全くやっていないことまで、悪いことは全部「せい」にしているという風潮が蔓延していないだろうか?

たとえば上記のことであれば、「村上ファンド」などの台頭を許したITバブルなどは2000年度のことであるし、むしろ、2006年6月の逮捕など、規制がしっかりかかっていたから野放図なことは規制されたのではないか。昔の総会屋や相場師がやりたい放題やっていた時代を知る者からすれば、すごい進歩があったのではないか。

金融機関で小泉竹中が悪いと思っている人がいたとしたら、にわかに信じがたい気持ちである。規制緩和を決めたのは橋本政権下の金融ビックバンだし、護送船団方式を諦めたのは1997年の山一証券破たんからだ。統合はそれ以前から起こっていたこと(さくら銀行など)であり、多少の当局の誘導はあったにせよ、最終的には民間の判断である。また、あの時統合がなされなかった方が良かったと言えるだろうか?

小泉竹中路線が強烈に行ったのは、不良債権処理である。もし、あの時不良債権処理をしていなかったら日本はいまだに暗黒の闇の中だった。しかも、りそな銀行には世論の反対を押し切って国有化を行い、金融システムを最終的に安定させ、経済や株価の反転がはっきりと目に見えてなされた。

財政再建という大きな課題を前にして、消費税をはじめとする増税論議に蓋をして、社会保障まで削減を切り込みすぎた、という議論はある。しかし、今後の超高齢化社会を目の前にして、若い者から搾取して高齢者の優遇を今まで通りに続けることが不可能なのは明らかではないか。年金受給者や一生懸命働いている人より、生活保護の方が優遇されるという状況は問題はないのか。

何もすべての政策がパーフェクトだったというつもりは全くない。障害者自立支援法や後期高齢者医療制度、セーフティネットの構築、医療費の伸び抑制などでは確かに間違っていた、あるいは不十分だったところはあった。郵政民営化の窓口会社のあり方も変えるべき点はあるし、その他にも個別にはあるだろう。間違いやミスには謙虚であるべきだ。しかし、あの5年間がなかったらと思うと、私は日本が経済的にも、財政的にもすでに破たんしていた可能性が高いと確信する。そのくらい日本はひどい有様だった。

もし、そのことが理解できないとすると、少なくとも代替案がないとあのままで良かったという人は誰もいないはずだ。代替案のないまま、なんでもかんでも悪いことは、政治の「せい」にすることが国民全体に染みついたら、とてもではないがこの国に未来はない。みんなで「せい」ばかりにするのではなく、建設的議論を戦わせて、大和魂を発揮するべきではないだろうか。


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