グランドゼロ
2001年9月11日、2機の飛行機が多くの乗客を乗せたままマンハッタンでは一番高かったワールドトレードセンターに激突し、NYのシンボルの一つだった二つのタワーは崩れ去った。
その跡地グランドゼロには、NYを訪れる度に必ず寄り、多くの犠牲者に対し鎮魂の祈りを捧げると共に平和を誓っている。
ほぼ4年ぶりNYであったが、グランドゼロはまだあの時とあまり変わっていなかった。ただ、新しい建物や記念館の建築などは大規模に行われており、いずれ新しいNYの名所になるだろう。
いつも、思う。あれは一体なんだったのかと。アルカイダとアルカイダを匿っていたタリバンとの戦いは8年半が過ぎてもまだ続いている。多くの罪のない方々が犠牲になったし、今もなっている。アメリカ兵のアフガニスタンでの死者は先日1000人を超えたが、それをはるかに超える現地の方々が亡くなり、家族と永遠の別れを余儀なくされている。
結局、無差別テロは何も得るものがない。憎しみは憎しみを呼び、終わることのない復讐の連鎖へと続くだけだ。
私はあの時近くでこの悲劇を見て、強く思った。「我が国民の誰一人をも悲しませたくない」と。平和ボケした日本人にとって、アフガニスタンやイラクの現状は到底自分たちのこととしては理解できないし、そうした対応を取ることもできない。しかし、かつて唯一原爆を経験し、あまりにむごい敗戦を経験し、多くの愛する家族を失った悲しみを経験した国として、理想論だけはなくてきちんと世界平和を主導する責任があり、そのことが結果としてわが国民に戦争が引き起こす悲しみをもたらさないことになるのだと私は信じている。
改めて心から安らかなるご冥福をお祈り申し上げます。
第1次湾岸戦争が始まったとき、医局にいた我々が口にした言葉。「自分たちは一人一人の命が、明日まで持つかどうかで心をすり減らしている。それなのに・・・悔しい・・・」私も開戦の一報を聞いたとき、本当に悔しかった。今省みるに、平和の中にいるからこそ、そう感じたのだと思う。
貧しい国がある。そこに援助でお金を持ってゆき、衣食住を与えるだけでは、いつまでたっても自立できない。しかし自立する為の何かが欠けているから自立が難しい。また自立支援をしようにも、支援者が命を落とすという事もおきている。時間が掛かる難しい問題だ。グランドゼロは出発点ではなく、終着点でもない・・・私にはその大きな流れを止める方法はない。目の前の命を大切にする事しかできない。政治と言うのは、それ以上の物を相手にするのだから、本当に大切な仕事なのだと、今回のブログを読んで思った。
一報で、財源なきばら撒きを行い、借金を膨大に膨らませようとしている現政府のやりかたは、どうだろうか。所得税も上げるというが、よく働き稼ぐものからむしりとり、薄くばら撒き、それを一枚の票に変えようという魂胆だ。自立して税を納めるより、税金がかからない程度に働く方がと言うことになりかねない。勤勉で誠実である事が日本人の美であるが、それを壊そうとしているともとれる。愚民化政策をすすめる民主党らしい考え方だ。愚民化政策をとられた国はどうなったのか・・・・末恐ろしい事である。
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