無からの挑戦物語ー39歳の誕生日
今日は39歳の誕生日。
18歳の時、自分も周りも思っていなかったことに大学入試を失敗し、真っ暗だったと思っていた浪人生活のときに自分の人生の図を描いた。20代は挑戦と評価を確立するとき。30代は自分の行く道を決め、打って出るとき。40代はそれまでの努力の積み重ねを発揮し、社会で力を思う存分発揮するとき。50代は集大成。60代は次世代への引継ぎだと。
その30代はジュネーブのWTOにおいて始まった。それからワシントンDC最大の事務所における米国議会や政府担当部門、ニューヨークの桝田事務所、経済産業省ときて34才の時に衆議院議員になった。
それから4年間は一日も休むことなく活動し続け、私生活と収入のほとんどを犠牲にして国のため、国民のため、子供たちの未来のためを貫いた。そこに悔いはない。しかし、落選した。
今は素浪人だ。まさか自分が30代最後の誕生日をこうした形で迎えると思わなかった。しかも、選挙の相手はまさに「我が世の春」を謳歌し、今日新政権の幹事長になるといわれている。自分の置かれた状況の厳しさも十分理解しているつもりだ。
今はベトナムのホーチミンに来て到着したところ。ヤンググローバルリーダーの国際会議に出席し、明後日の深夜便(機中泊)で帰る。この会議に出席する人はみなビジネスクラス、インターコンチネンタルホテルのコースだが、私だけベトナム航空のエコノミー、エコノミーホテルとコースを変えてきた。正直、置いていかれたような気がしないといったら嘘になる。
しかし、私は庶民感覚とはかけ離れた政治を変えるために挑戦した。国際感覚を持つ政治を作るために挑戦した。だからこそ、30代最後の誕生日にあえてアメリカを世界で唯一撃退したベトナムの地で、若い次の世界を作ると認められたリーダーたちとの時間を過ごすことを選択した。
これからも牧原秀樹という一人の日本男児の無からの挑戦物語を見続けてみて下さい。
牧原さんの話は自分がいかに優れているか、自分がいかに頑張っているか、自分がいかにつらい思いをしているか、自分がいかに犠牲的に滅私奉公しているか、要は自分の偉さのアピールの話がことのほか多いように思います。
失礼ながら、金儲けにいそしむアピール弁護士に割とありがちなキャラの一つではないかと思いますが、市井の普通の人達の共感を糾合する能力が必要な政治家には、余り向いていないのではないでしょうか。
牧原さん、誕生日おめでとうございます。
いくらか失意の中の39歳の誕生日になりますが、
めげないでください。
私は、牧原さんの選挙区埼玉5区の人間です。
確かに、枝野幸男さんは、幹事長におされ、
いまわが世の春かもしれません。
私自身、枝野さんを立派に思う気持ちもあります。
日本の政治の無駄を省くということは、この人なら
やりかねない、と期待をも寄せています。
しかし、残念ながら枝野さんには、この日本をどの
様にしていきたいか、という牧原さんの様な確かな
ビジョンが見えません。
牧原さんには、それがあります。
それが牧原さんの強みです。
全然心配ないと思います。
牧原さんのその正しい、明確な志を大切になさってください。
それに気づけば、人は、国民は自然となびきます。
集まってきます。
加油、牧原!(中国語で、がんばって!の意だそうです。)
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