新聞休刊日
今日は長崎の原爆記念日。心からご冥福をお祈りいたします。
ところで、今日は新聞休刊日。毎月一回やってくるこの日のことは、つい忘れ、朝郵便受けをのぞいてみて、「ああそうか」と気づかされる。毎日、必ず新聞を読むように習慣づけられている身としては、何か調子が狂う。
ある一新聞が一ヶ月に一回休むというなら、「ああどうぞ」という気もするのだが、大手の新聞はそろいもそろって同じ日を休刊日とするので、朝キオスクに行っても、コンビニに行っても、新聞を読むことができない。結果、スポーツ新聞を読む以外の選択肢がなくなるのである。一社なら、じゃあ今日は違うのを読もうとなるのだが。
もともとこれは日本新聞協会が販売店の慰労という意味で設けた日のようだ。確かに、再販売価格維持禁止の例外等、新聞文化を守るためにはある程度の規制が必要だというのが、私が現職時代にも取っていた立場である。しかし、それは質の高い新聞を「読む」ための規制であって、「読めない」日を作るということとは違う。
アメリカでは新聞社がネットに負けて次々に倒産、廃業、買収などされている。この波は確実に日本にもやってくる。新聞ファンの一人として、この統一休刊日をやめたらどうか、と思うがいかがだろうか?
今の新聞業界は、先の大戦で国家総動員のために作られた1940年体制を未だに温存してるわけですから、競争力は極めて弱いままで、競争に晒されてきた新参者との戦いには極めて不利だと思います。
Posted by: : 2010年8月10日 11:21牧原先生は応援しておりますが、再販規制の例外を認めている点はがっかりです。
先生も過去に企業法務を扱う弁護士であったのであれば、再販規制の例外が、いかに特殊で合理的説明の難しい例外であるかご存知でしょう。これを撤廃する方向を志向するのが経済学的にも法律の原則論からしても当然です。
見る人が見れば、マスコミに恩を売るために、広い国民(消費者)の利益をないがしろにする政治家であると思われても仕方ないのでは?
それとも、国民の大半はこんな問題には興味がないから、目立たないところでマスコミに恩を売っておけ、とお思いでしょうか。
Posted by: 106 : 2010年8月21日 11:52ありがとうございます。
一法律家として活動していたときと、生の国民生活を毎日見ている今と考えが変わった点があることは事実です。再販規制を独禁法上の例外としての視点から見れば、不合理だと思います。
しかし、日本をだめにしている経済学的な病原が「デフレ」であることもご承知の通りです。それは特に国内の中小零細企業において影響が深刻であり、地域社会の担い手が激減し、地域社会の崩壊につながっているのも実感があります。だから、別に新聞だけではなく、目先の消費者利益を考えるのをそろそろやめて、もっと根本的に我が国の経済活動の在り方をじっくり考える時期に来ているのではないかと思っています。
日本は以前に比べれば、「安さ、便利さ」がすごく進みましたが、それによって国民は幸せになりましたか?豊かになりましたか?そんなこともじっくり考えたいと思っています。なお、新聞休刊日をなくしたら、という別のブログに対しては、かなりの反論を頂きました。
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