パッション

2010年8月18日 22:43 | ブログ

今日は、新議員会館に行って、山本一太参議院議員にお会いしてきた。

一太先生には、プロジェクトJなど様々な活動でご一緒し、いつもその「情熱(パッション)」力に感銘を受けてきた。

同先生が某大物俳優から聞いた話として、「情熱力は生まれついてのもので、あとから付け足すことができないものだ」ということを紹介された。まったくその通りだと思う。

自民党が小泉総理を唯一の例外として下降線をたどったことの一つに「情熱力」の低下があったのではないか。戦後の吉田、池田、岸、佐藤、その後の三角大福中のころにはあった戦後の新しい日本の国づくりへの「情熱力」は、与党が長く続いて権力が既得権益化していくにつれて、権力保持のみが目的化し、新しく国を良い国を作ろうという「情熱力」が国民に伝わらなくなった。

鳩山氏は、まったく無能力な方であったが、少なくとも政権交代して新しい国づくりをしようじゃないか、という「情熱力」だけは国民に伝わったのではないか。

今、自民党に一番足りないのは、まさに「情熱力」ではないか。命を賭ける覚悟や気迫みたいなものはまったく伝わらない。派閥の領袖みたいな方々には自己保身への執着や、自分は偉いと思っている傲慢な気持ちは感じるが、身一つでこの愛する私たちの国を良い国にしてやろう、という純粋な「情熱力」はまったく感じない。この人たちが、権力欲と自己保身欲だけで動いていると見えるうちは自民党の真の復活はない。

一度、あらゆる既得権益を捨て去って、身一つになって、結党当時のような「保守とは何か」「どんな国にしたいのか」という根本的なことについて学生のように話し合ったら生まれ変われるのではないか。少なくとも、私は現在の日本の状況において危機感を毎日強く感じており、夏休みをゆっくり取っている国会の状況は信じられないし、民主党の代表選におつきあいしている自民党の感覚はありえないと思う。バッチをつけているのだから、是非「国会を開いて、円高対策、景気対策をやろうぜ」と総裁以下座り込みをしてでも。「熱い」ところを見せてほしい。


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