南方神社の鳥居と歴史
地元に南方神社という神社がある。昔の中仙道沿いにある由緒ある神社だ。もともとは諏訪湖のそばの諏訪大社の信仰が全国に広がった中で、鹿児島を中心に諏訪神社ではなく、南方神社になっているところがあるが、さいたま市の吉野町二丁目(町会としては鈴木)にもある。
今日、そこの盆踊り大会とお神輿があり、もう夏も終盤でお祭りも数がめっきり減ったので少しゆっくりした。
私は歴史が大好きで、歴史への敬意の念というのが自分の中で支柱のようにあるのだが、この神社は今年鳥居を新しく建て替えた。以前の鳥居は300年以上も前のものだったということで、今回の鳥居もおそらくは次の建て替えまで300年から500年後までは立ち続けるだろうとのことだ。
こんなにありがたいことはない。よく、何とか彗星が何年ぶり、とか、皆既日食が何年ぶりとか、あるが、この南方神社の鳥居の建て替えは何百年ぶりで、次も何百年後のことなのである。以前の鳥居を支えてくださった先輩方に感謝をするとともに、この新しい鳥居を支える何百年後の後輩たちへの責任感を感じた。
私たちが生きるのはせいぜい50年から100年くらいのことだ。それは長い歴史でみれば一瞬のことである。今あるのはすべて先人たちのおかげだし、これからの世代は私たちの時代も含めた彼らから見れば「先人たち」にかかっている。
私は地元での神社の建て替え、自治会館の建て替え、お地蔵様の祠の建て替え、などなど、すべての事象をそんな思いで見ているし、日本中がそうした地域の皆様の純粋な思いで成り立っているのだと思う。だから日本は素晴らしい国なのだ。その歴史をとにかく大切にしたい。
そんな幸せな、でも責任ある感慨に浸りながら、新しい鳥居をくぐった。
「南方神社」の活字を見て日帝時代、日本の委任統
治領だった南太平洋のある島の神社と思った私は…
すみません、軍事オタクです。
神社といえば、最近少子化で神輿の担ぐ要員が減り
以前より小型化した奴ばかりで宮大工さんたちも国力の
衰えを実感、と。近くに再開発に成功し若者人口が
激増中の町がありますが以前のように、フル規格の大き
さの神輿が復活してほしい。
今回建て替えの鳥居が次に建て替えられるまで、国が
まだあるといいなと素朴に感じました。
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