見せ方
特別会計についての事業仕分けが終わった。さすが、見せ方がうまい、と感心した。
私が現職だった2007年、とにかく何回も何回も議論に議論を重ねて特別会計の大改革を行った。31あった特別会計を17に、財政寄与は20兆円であった。実際には、その後財政寄与した金額はこれを上回った。それまではほとんど手付かずだった特別会計をいじるということで、勉強不足によって不測の事態を生じないように、しかし「すきやき」なんてことを許さないように細かいところまで議論した。
それに比較すれば、今回は廃止が統合も含めて6、財政寄与は仮に全部実現したとして最大で6000億円である。うち厚労分野は長妻さんが膨らましたものがほとんどだ。つまり、2007年の時とは比較にならないくらい「小粒」であった(むろん、それでも本当に無駄なら削減は良いことだ)。しかし、マスコミの記事は大きかった。
私も無駄撲滅チームとか、税金の無駄を一円たりとも許さない会とかを通じて何兆円もの「無駄」の削減をしてきたつもりだが、事業仕分けのような「ショー」はやらなかった。つまり、我々は金額としてははるかに大きい無駄削減をやっていたが、それは内閣の閣議決定前の段階で行うことが多く、民主党のように自分たちで自分の内閣が作ったものを削るショーをやることは思いもよらなかったのである。馬淵大臣が「判定はどうだか知らないが、我々は削減するつもりは全くない」と言っていた通りに内部分裂になりかねないからだ。
しかし、魔女狩り、人民裁判的ショー、引き回し獄門ほど分かりやすく痛快なものはない。これから日本の政治はますますそういう傾向を強めるだろう。規模や内容ではなく、「見せ方」に重きが置かれる政治が良いという結論になったとき、はたして政治は良くなるだろうか?あくまで、最大6000億円足らずのショーよりも、20兆円の削減が重要だと私は思う。
その通りです。ですから、そういう認識はまさに勉強不足だということになります。
Posted by: 登録ユーザー : 2010年11月 2日 12:56>しかし、魔女狩り、人民裁判的ショー、引き回し獄門ほど分かりやすく痛快なものはない。
その最大のものがかつての郵政選挙ですね。
私は郵政民営化そのものには賛成でしたし、自民党に投票しましたが、マスコミの小泉総理や刺客に対する異様なまでの持ち上げや、それに対する国民の熱狂には、何だか居心地の悪いものを感じていました。
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