動物愛護ふれあいセンター
今日はさいたま市の動物愛護ふれあいセンターにボランティアの方々と行った。本年6月1日にオープンしたばかりの施設である。以前から書いているようにこの世から一匹でも、一頭でも悲惨な思いをする動物たちを減らしたいというのが私の思いである。おそらく新しいだけあって普通の保健所みたいなところとは随分違うのであろう。手術室やシャワー室、検査室などが充実し、獣医の方々も献身的に働かれていて、大変明るい雰囲気のところであった。しかし、一歩違う部屋に行けばそこは小さな命が「処分」されるところでもある。
今日会った動物たちは私たちの姿を見ると、嬉しさに飛び回るものもいれば、自分の運命を悟ってか悲しみに打ちひしがれているようなものもいた。その姿を見ていると、心が張り裂けんばかりになった。私は政治家として活動するには真面目すぎ、心が優しすぎるのかもしれない。どんなことでも夜もずっと考え続けてしまうことがある。動物たちの命を救うためにあらゆる手段を取りたい。それが一日遅れる分多くの命が失われているのかと思うと暗い気持ちになる。しかし、限られた予算と膨大な借金にまみれるこの国ではお金をふんだんに使うというわけにはいかない。他にも助けを必要とする人たちもいる。そうしたこの世のあらゆることに配慮し、バランスを取り、できるだけ多くの人の、動物の幸せを確保するというのは簡単なことではない。しかし、今日会った動物たちの訴えるような目は忘れることができない。誰よりも困難に逃げることなく、立ち向かっていかなければならない。
その後は地元の伝承民謡と踊りを守る会、そして秋祭り、慰労会などに出席。子どもの世話もあまりできず、妻には本当に迷惑をかける。そうしたことにも悩みつつ、ただ逃げることなく全力で走り続けたい。
友人に誘われて、参加させていただきました。あのような機会をアレンジしていただきありがとうございました。私自身は、ただの動物好きに過ぎず、他の方々のようにボランティアもしていませんし、もとより議員やセンターの地元でもないので、部外者かもしれませんが、本当によい体験をさせていただきました。議員がおっしゃるように、ひとつひとつがかけがえのない、生命です、あのセンターもふれあいという心温まるコトバと裏腹に本来は不可侵でなければならない「生命」をターミネイトする機能を備えた、やりきれない場所でもあります。けれど、そういう矛盾に対して職員の方が一番苦悩されているものと思います。行政や政治では常に優先順位が考慮されるものでしょうが、それを左右する世論や、市井の人々の声を、議員のような方が敏感に感じ取り、大きな潮流となるよう、導いていただきたいと希望します。もちろん、この問題に限らず、議員が活動されるすべてのフィールドにおいて。他のコメントを拝見した限りでの感想ですが、議員のナイーブなお気持ちが必ず必要な時があります。党や国政の中で枢要な地位を築かれた際にも、今のお気持ちを是非とも忘れずにピュアなままで、ご活躍いただきたいと思います。きれいごとではすまない、時には権謀術数も必要な政の世界で議員のように「心」を土台として活躍される方々が経済的な利益を超越した、人間としての本当に必要なものを見極めなければならない時代が来ている気がします。ご活躍を心よりお祈りします。
Posted by: ふなさか : 2006年09月11日 12:23こんにちは。
動物愛護ふれあいセンターの見学会に参加させていただきました者です。
(地元のボランティア会長経由で案内をいただきました)
この度はセンター内部及び職員さんと直に接する機会を授けていただき、本当にありがとうございます。
大変、勉強になりました。
当日はなんともいえない思いで言葉が出ず
牧原さんと直にお話をする機会がありませんでしたので、この場を借りてお礼を申し上げます。


