街づくりにみる後世への思いやり
2008年04月21日 21:02
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| コラム
街づくりというのは大変なことだ。今日私が歩いた場所でも、区画整理事業を早々とやってしまった吉野町という地区と、それが各種反対などで進められなかった別の地区では、道路の幅や曲がり具合なんかが全く違う。かつては同じように畑や林があった地域でも、ゆうゆうと車がすれ違うことができるのか、それともすれ違いがある度にひっこんだところで譲り合わなければならないのか、さらには歩行者の感じる危険度まで違ってしまう。
後世への思いやりというのはこんな街づくりにも大変な影響がある。進められなかったのは、様々な理由(政治的理由も含む)があっただろう。しかし、所有権というのは時として全体的な理由への思いやりがあってしかるべきではないだろうか。人間の金銭への欲望も尽きないのも分かる。しかし、それも後世への思いやりで少し抑制する事も必要ではないか。
私はこういう関係で地元の方々やさいたま市の職員の方、JR東日本の方々にお会いする事も多いが、職員の方やJRの方、さらには調整役の自治会の方々などは時にはあまりの我儘やストレスに大変な思いをされている様子をみている。「~が欲しい」「~が困っている、何とかしろ」というのは簡単だが、財源の問題も含め、大変な関係者のご努力により街が出来ているということも全ての方にご理解賜りたい。
今日は与野本町駅でご挨拶。その後は地元。明日は国会質問なのでその準備にも追われた。
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